お茶の歴史とダイエットティーの楽しみ方



痩せるお茶として女性の心をひきつけ始めたダイエットティーたち。

その存在は何十年モノ、というワインのビンテージのような価値が宣伝され、男性にもメタボ予防などで一気に人気上昇になってきました。

たとえばプーアル茶。プーアル茶といえば黒茶の代表です。中国でも今では大変大人気で、南中国では在庫がなくなるほどになっています。

黒茶はまず後発酵系のお茶です。緑茶と同じように参加を止めた後、茶葉を高温多湿の場所において微生物発酵させていきます。

ゆっくり時間をかけて発酵させることによって風味がよくなり味もとてもまろやかになります。



    中国ではお茶に等級がある

    中国茶には等級があります、プーアール茶はその中でも10等級と等しくもっとも高級なものは「宮廷金毫」と呼ばれています。

    痩せるお茶という印象がある私たちにとってこのお茶のことを詳しく調べていくと実は宮廷に出されるほどの高級品であるということが分かります。


    日本に入ってきたのは古墳時代



    お茶は中国で生まれ、飲む風習が日本に伝わってきたのはまだ7世紀ごろといわれています。

    7世紀といえば、古墳時代終末期であり、飛鳥時代にあたります。まだ日本が倭国と呼ばていたころです。

    お茶ってどうしてもテレビやメディア関係の影響で戦国時代から始まった印象が強いですが、実際はもっとずっと前からお茶の習慣は取り入れられていました。

    まずどんなお茶が伝わったというと、団茶で粉末にしてお湯にいれて飲む、というスタイルから始まりました。茶の葉を蒸したものを固めてそれをさらに粉末にしていたようです。

    しかしこの頃お茶は一般庶民が飲めるようなものではなく、高級品として一部の僧侶や宮中でしか味わえないものでした。


    一般的になったのは江戸時代から

    平安時代後にお茶の習慣は消えようとしていました。しかしある禅宗の師によって復活し、また注目されるようになりました。
    平安時代後でもまだお茶は市民の口には出来ぬもので、庶民がお茶を飲むようになったのは江戸時代からになります。

    このころから宇治の抹茶=新茶が江戸へよく運ばれていました。抹茶はこのころは高級品で、それが一躍注目され、その間に煎茶が一般的になっていったのです。


    お茶の歴史まとめ

    一般的になったのが江戸時代からということはあまり知られていないと思いますが、お茶は中国から渡り数々の試練と困難を乗り越え、やっと人々から賞賛されるものになっていきました。

    ダイエット作用だけでなくお茶の歴史を知りお茶の価値をしることもお茶を飲む楽しみ方だったりします。

    こんなことを知った上で生活の中にダイエットティーを取り入れても、またちょっと違った感覚で楽しめたりしますね。